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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2587号 判決

原告 山崎海弘

被告 宗教法人日蓮宗 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は「被告らは、被告山田日真が日蓮宗管長としての地位を有しないことを確認する。被告らは、被告望月桓匡が日蓮宗代表役員並びに日蓮宗々務総長としての地位を有しないことを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

「一、原告は、宗教法人日蓮宗に包括される宗教法人妙昌寺の住職兼代表役員である。

二、被告宗教法人日蓮宗(以下、単に日蓮宗という)は、日蓮上人が開創唱道した法華経をひろめてその信者を教化育成することを主たる目的として設立された宗教法人であり、被告山田日真は、昭和三四年三月一八日無投票選挙に当選して日蓮宗管長に、また、被告望月桓匡は、同月二〇日被告山田日真に選任されて日蓮宗々務総長に、それぞれ就任したものである。

三、ところで、日蓮宗管長の選任手続は、日蓮宗の内部規範たる宗憲及び選挙規程の定めるところであるが、その大要は次のとおりである。すなわち、管長の任期は四年で、任期が満了しようとするとき、管長は四〇日の選挙期間前に管長選挙の施行を発令し(宗憲第一七条第三号、選挙規程第一八条)任期満了の二週間前までに選挙を行い当選したものが後任の管長となる(宗憲第一九条第一項選挙規定第一六条)。被選挙権を有する者は権大僧正以上の住職で、候補者になろうとする者は選挙長たる宗務総長に対し選挙期日の二五日前までに立候補の届出をするとともに五〇万円を宗務院に供託しなければならない。選挙権者は寺院の住職及び教師たる担任である。被選挙権ないし選挙権があつても選挙人名簿に登録されない者は選挙権及び被選挙権を有しない。選挙権及び被選挙権がありかつ選挙人名簿に登録されていても選挙人名簿確定の日に停止以上の懲戒に処せられまだ分限を回復しない者または宗費四期以上を滞納している者は選挙権及び被選挙権を行使することができない。選挙人名簿は全国七三管区の地方宗務所々長が毎年四月一日現在によりその管区内の名簿二通を作成し名簿には選挙人の氏名僧籍僧階及び生年月日を記載し、その際宗費四期以上滞納している選挙人に対してはその旨を本人に通知する。選挙人名簿は四月一五日から一週間その宗務所において閲覧に供され、選挙人は右閲覧期間内に名簿の修正を申し立てることができ、宗務所長はこの申立があつた場合その内容が単純な誤謬の訂正に関するものであれば直ちに名簿を修正するがそうでなければ一週間以内に決定する。この決定について異議を申し立てることができる。この異議は管長が裁定する。選挙人名簿は五月二五日をもつて確定するが、この期日に停止以上の懲戒に処せられまだ分限を回復しない者または宗費四期以上を滞納している者については宗務所長は名簿中その者の氏名の右側に朱線を引いて選挙権被選挙権を行使できない者であることを表示しこれを本人に通知する。宗務所長は名簿確定後三週間以内に従つて六月一五日までに宗務院及び選挙長に名簿を一通づつ提出し、確定名簿は翌年の名簿が確定するまで有効である。管長は確定選挙人名簿にもとづき寺院の住職及び教師たる担任により権大僧正以上の住職のうちから選挙された者が就任し、選挙は投票により行う。投票は一人一票である。なお、管長は、就任後一週間以内に住職のうちから宗務総長を選任する。宗務総長は日蓮宗を代表しその事務を総理する代表役員となる。

四、ところで、訴外増田日遠は日蓮宗管長に就任していたが昭和三四年三月一七日にその任期が満了するので同年一月二一日付で「後任管長選挙を昭和三四年三月三日に施行する」旨を発令した。京都第一部宗務所管区に所属する寺院の住職である被告山田日真は昭和三四年二月四日管長候補者として立候補の届出をなし選挙期日に無競争で当選した結果前記のように管長に就任した。

五、しかるに、右管長選挙の基礎となつた昭和三三年度の全国選挙人名簿中、選挙規程上成規の手続により有効な確定選挙人名簿と認め得るものは四管区(群馬、福井中部、富山、山口)にすぎず、その他の六九管区の選挙人名簿には次のような規程違反のかしがある。

1 選挙規程に定める確定手続を経て昭和三三年五月二五日をもつて確定されたものではない。すなわち、右六九管区の選挙人名簿は選挙規程所定の期限たる同年六月一五日までに提出されず期間経過後に宗務院及び選挙長に提出された(選挙規程第一三条違反、以下単に第何条と略記する)。

2 選挙権のない者二九名が選挙権のある者のように記載されている。すなわち、(イ)寺院の住職九名が他の管区の寺院の住職の代務者を兼ねており投票権は一票しか行使できないのに二票行使できるように記載されている(第一条、第二一条)。(ロ)昭和三三年五月二六日以降新設された寺院の住職または教師たる担任で選挙権を有しない者二名が有権者として記載されている(第八条)。(ハ)同日後に住職となつた者で選挙権のない者一一名が有権者として記載されている(同条)。(ニ)代務者であつて有権者でない者一名が有権者として記載されている(第一条)。(ホ)非法人で宗籍のない者二名が有権者として記載されている(同条)。(ヘ)すでに昭和三三年四月一日以前に解散した寺院の住職であつた者一名が有権者として記載されている(第八条)。(ト)昭和三三年三月三一日以前の死亡者一名が有権者として記載されている(同条)。(チ)同日以前に住職を退任した者二名が有権者として記載されている(同条)。

3 有権者七名の記載が脱漏されている(第一条、第八条)。

4 宗費四期以上の滞納者であつて選挙権及び被選挙権を行使できない者五二二名が宗費完納者として登載されている(第三条)。ことに、名簿中「朱線」を引くべき者があるにもかかわらず朱線を引かない名簿が二〇通(二〇管区)もある(第一一条)。

5 右の反対に宗費完納者で選挙権及び被選挙権の行使ができる者二八名の氏名の右側に朱線が引かれ選挙権及び被選挙権を行使し得ない者として記載されている(第三条)。

6 姓名の誤記されている者二名。

六、しかも、とくに、京都第一部宗務所々長作成の選挙人名簿については前記六九通の中の一通として、選挙規程にもとづき昭和三三年四月一日現在で作成されたものでなく、同年五月二五日に確定していないうえ、同年六月一五日までに宗務院選挙長に提出しておらず同年一一月一七日に提出し、その内容にその氏名の右側に朱線を引くべき選挙権を行使できない者があるにもかかわらずこれを全然引かないほか次のような選挙規程違反がある。

1 昭和三三年四月一五日から一週間その宗務所において選挙人名簿を閲覧に供する手続をしていない(第九条)。

2 同管区内には宗費四期以上の滞納者が多数あるのに、当該本人に全然通知をした事実がない(第一一条)。

七、右のように、六九管区の宗務所長が作成提出した選挙人名簿は選挙規程違反のかしがあるから無効である。ところで、元来、管長選挙は全国一選挙区であり、したがつて各宗務所長の作成提出にかかる選挙人名簿はその全部が一体のものとして取り扱われるべきであるから一部の無効は選挙人名簿全部の無効を来たすものというべきである。

仮りに、全部の無効をきたさないとしても六九管区の選挙人名簿が無効である結果有権者総数四、三〇九名のうち宗費完納者二、五二一名が選挙権または被選挙権を剥奪されていることになつたのである。管長選挙を施行するためには選挙規程にもとづき全国七三管区の適正有効な確定選挙人名簿がなければ絶対許されないと解すべきところ、うち六九管区の選挙人名簿が適法に作成されていないのにかような事態を無視してなされた本件管長選挙施行の発令は有効な全国確定選挙人名簿にもとづかないでなされたものであるから選挙規程上許されず無効である。

したがつて、かような無効の管長選挙施行の発令を根拠として施行された本件管長選挙は無効であり、仮りにしからずとしても、日蓮宗において管長選挙の場合は有効な全国確定選挙人名簿が存在していない限り無効であるというのほかなく、いずれにしても、かような無効の選挙によつて被告山田日真が当選ないし管長に就任したとしても結局その地位を有することができないものというべきである。

八、仮りに、本件選挙自体が無効でないとしても、被告山田日真は京都第一部宗務所管区に所属する寺院の住職であり同宗務所長作成の選挙人名簿に登載されているところ、右選挙人名簿は選挙規程違反のかしがあるので無効であるから、被告山田日真は有効な確定選挙人名簿に登録されていなかつたことになり当然被選挙権を行使し得る資格を有しなかつたものであるからその当選は無効である。

九、また、被告山田日真の管長当選ないし就任が無効である以上同被告が昭和三四年三月二〇日被告望月桓匡を宗務総長に選任し被告望月桓匡が日蓮宗々務総長及び代表役員に就任したとしても当然無効であり同被告が右地位を有しないこと明らかであるので、本訴請求に及んだ。」

と陳述し、

被告らの主張に対する答弁として、

一、本件請求の基礎の内容が宗教的価値判断に属する宗教上の事項に属するから司法権の介入する余地はないとの主張並びに日蓮宗内部にいわゆる不起訴の合意契約と同一内容の不起訴の私的自治規範が存在するとの事実はこれを否認する。

二、選挙規程中に被告ら主張のような異議手続を定めた規定があることは認める。しかし異議手続を定めたからといつて訴権を制限するものではない。もし、訴権の制限であるならばそれは憲法第三二条に反する。

三、選挙規程付則に被告ら主張のような規定があることは認める。しかし付則は宗会常任議員会が日蓮宗規則第三一条「常任議員会は予算外支出を承認するの外、緊急又は非常の場合において宗則の一部変更を決議することができる。但しその変更の効力は当該年度内に限るものとする」に則り改正したものであるが緊急又は非常の場合に当らないから規定の要件を充足しておらず無効である。また、右付則の改正は選挙人名簿が選挙規定に反し無効であることを前提としこれを有効にするために行われたものであつてかかる擬制が不条理であることはいうをまたないしかつ法律不遡及の原則にも反し無効である。加えて右付則の改正は本件選挙立候補の期間経過後になされたのであるから右改正により六九管区の名簿が有効になつたとしても被選挙権者がその権利を行使する余地は全然なくこのことは被告山田の当選に重大な影響を及ぼすもので本件管長の選挙ないし当選は無効であるというべきである。

四、訴外佐藤日照が昭和三四年二月六日立候補の届出をしたこと及びその主張の日にこれを撤回したことは争わない。しかし、右は被告山田が訴外口田前宗務総長らを介して、不正な手段を弄し右佐藤に対し相当多額の金員を交付させて右立候補を辞退させたものであつて同被告としては信義誠実の原則にもとづき本件管長の無競争当選の利益を主張することはできないものである。

五、被告らは選挙規程所定の期日に遅れて選挙人名簿が提出されてもこれを有効な確定選挙人名簿ということを妨げないだけでなく、被告日蓮宗の選挙規程は宗教団体たる本質並びに宗団の実体に適合しないため、従来より選挙規程所定の手続をそのまま履践しない慣行が馴致されているのであつて、右の選挙規定はすでに被告日蓮宗の事実たる慣習により改歴されていると主張するが、選挙規程は管長公選の民主的制度を採用しており自から定めた選挙制度に従いえないというような慣習が成立している事実はない。この点に関する被告らの主張は否認する。

立証として、甲第一号証の一、二、第二号証、第三、第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七号証の一ないし三、第八ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第二四号証、第二五号証の一、二、第二六ないし第三六号証、第三七号証の一、二、第三八ないし第四二号証、第四三号証の一、二、第四四ないし第四六号証、第四七号証の一、二、第四八ないし第五八号証、第五九号証の一ないし三、第六〇号証の一、二、第六一号証、第六二号証の一、二、第六三ないし第六五号証、第六六号証の一、二、第六七、第六八号証、第六九号証の一、二、第七〇号証の一ないし三、第七一ないし第七六号証、第七七号証の一、二、第七八号証、第七九号証の一、二、第八〇ないし第八二号証、第八三号証の一、二、第八四号証の一、二を提出し、乙第一ないし第九号証、第一一号証、第一二号証の一、第一四ないし第一九号証、第二一号証、第二三、第二四号証、第二七号証の一、二、第二八ないし第三一号証、第三二号証の一、二、第三三、第三四号証、第三七ないし第三九号証、第四〇号証の一ないし三、第四三号証の一、二、第四五、第四六号証、第四七号証の一ないし三の成立はいずれも不知であるが、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

第二、被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

一、本案前の抗弁として次のとおり述べた。

1  本件請求の基礎の内容が宗教的価値判断に属する宗教上の事項に属するから司法権の介入する余地はない。仮りにしからずとするも日蓮宗内部にはその宗教団体として管長選挙又はその当選の効力について訴権の放棄いわゆる不起訴の合意と同一内容の不起訴の私的自治規範が存在するから原告の本訴請求は訴訟要件を欠くをもつて却下せられなければならない。

2  仮りにしからずとするも、選挙規程第三三条は日蓮宗内における選挙または当選の効力に関し選挙人に異議申立権のあることを認めるとともに宗内所定の機関(選挙会第一部審査会)による右異議の裁定手続を定めている。同規定は異議を経ないで司法的救済を求めることを禁ずる趣旨を含むものであり換言すれば訴権の制限を意味する。しかるに、原告は異議の申立をしていないのであるから本件訴は却下されるべきものである。

二、本案について答弁並びに主張として次のとおり述べた。

1  原告主張事実中、第一項ないし第四項の事実は認める。第五項の事実中六二管区の選挙人名簿が選挙規程所定の期限を経過して提出されたことは認める。第六項の事実中京都第一部宗務所の選挙人名簿につき閲覧に供しなかつたことは争うがその余の事実は認める。第七項の事実中管長選挙が全国一選挙であること有権者総数が四、二六〇名であることは認めるがその余の事実は否認する。第八、第九項の事実は否認する。

2  (本案についての主張)

(イ)、本件請求はその権利保護の必要又は利益は不存在であるから棄却せられるべきで「本案前の抗弁1、2」を援用する。

(ロ)、選挙人名簿が選挙規程所定の期日に遅れて宗務院、選挙長に提出されたとしても有効な確定選挙人名簿ということができる。すなわち、名簿の提出期限の定めは訓示規定にすぎない。また、名簿の作成確定と、その記載内容の誤りや脱漏あるいは手続上のかしとは別箇の問題である。たとえ、記載内容の誤りや脱漏あるいは手続上のかしがあつたとしても、それは選挙の発令ないし選挙の無効原因となるものではなく、たんに当選無効の原因になりうる場合があるというにすぎない。なお、京都第一部宗務所長は、後に補充訂正した選挙人名簿を宗務院及び選挙長に提出している。

(ハ)、しからずとしても、選挙規程中名簿の作成確定に関する手続規定は、不合理な面があり、たとえば宗費納入については宗務院財務部に直納する場合と、宗務所長を経由する間接納入の場合があるが前者の場合には宗費納入の事実を宗務所長に通知するのに相当の日時を要する。そればかりではなく、いつたい、宗費四期分以上を納入しない者の選挙権行使を許さないというような規定は精神的結合を重視する宗団の根本的規範に反するのではないかとさえ思われる。次に、宗務所には基本名簿しか存しないこと、しかも確定期日が早すぎること等の理由から、名簿の作成確定手続は誤りなきを期しがたいのである。このため従来から選挙規程所定の手続をそのまま行わない慣行が支配的であり、したがつて右の慣習成立の結果選挙規程中これとてい触する部分は無効に帰したものである。

(ニ)、しからずとしても、確定選挙人名簿の欠缺は付則により立法的に補正された。すなわち、日蓮宗には最高の議決機関たる宗会(宗憲第二四条規則第二四条)のほかその代行機関たる常任議員会(宗憲第三一条規則第二五条)が存在し、常任議員会は予算外支出を承認するほか緊急または非常の場合において宗制の一部変更を議決することができるのであるが、ただし、その変更の効力は当該年度内に限られる。(規則第三一条)、昭和三四年二月一三日の常任議員会は右規定にもとづき選挙規程付則に「昭和三三年度全国選挙人名簿は所定の手続により確定し期間内に提出されたものとみなす」旨の規定を加えることについて審議可決し同日宗令第三七号として宗内に布達施行した。このような立法がなされたのは原告を含む一部の者が宗団の総意に反し本件管長選挙の実施を妨げようと、陰に陽に策動し宗団の秩序を破壊しようとしていたからであるが、右付則の改正により昭和三三年度の選挙人名簿の手続上のかしはことごとく治癒されたものである。

(ホ)、被告山田日真の管長当選は無競争当選であるから確定選挙人名簿がなくてもその効力に影響がない。すなわち、本件選挙当時における被選挙権者は四八名であつたがこのうち被告山田以外に立候補したものはもとより立候補の意思を表明した者すらいなかつた。もつとも昭和三四年二月六日訴外佐藤日照なるものが管長候補者として届出をしたが同人は被選挙権を有しないばかりでなく同月一〇日には右届出を撤回した。したがつて右選挙人名簿のかしは被告山田の当選に異動を及ぼすものではない。

3  以上、いずれにせよ本件管長選挙の発令、被告山田の当選及び管長就任は有効であり、したがつて同被告が被告望月を宗務総長に選任した行為も有効である。

立証として、乙第一ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第一三ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第二六号証、第二七号証の一、二、第二八ないし第三一号証、第三二号証の一、二、第三三ないし第三五号証、第三六号証の一、二、第三七ないし第三九号証、第四〇号証の一ないし三、第四一ないし第四三号証の各一、二、第四四ないし第四六号証、第四七、第四八号証の各一ないし三を提出し、甲第五九号証の一ないし三、第七七号証の一、二、第七九号証の一、二、第八〇ないし第八二号証、第八三、第八四号証の各一、二の成立は不知であるが、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

第一、まず、本訴請求が不適法であるとの被告らの抗弁について判断する。

一、日蓮宗の管長ないし宗務総長の地位存否確認の訴が許されるかについては、必ずしも疑がないわけではないが、成立に争のない日蓮宗々制(家憲)によれば両者ともに日蓮宗の機関であつて、法律上の地位であると認められるから、他の一般私法人の場合におけると同様これを積極に解すべきである。

次に、日蓮宗家憲、規則ないし規程及び選挙規程審査会規程等を検討してみても、日蓮宗がその宗教団体たるの特質に鑑み被告ら主張のような不起訴の合意をしたと同様の規範を設定したと認むべき根拠を発見することはできず、他にこれを肯定すべき証拠はない。

二、選挙規程第三三条が日蓮宗内の選挙及び当選に関し選挙人の異議及びこれに対する裁定手続を定めていることは原告の認めるところである。選挙規定がこのような規定を設けたのは確かに選挙に基いて就任する宗内諸機関の地位をめぐる紛争については出来る限り宗内の自治によつてこれを解決しようとの趣旨を含むものと解されないではないが、さりとて、特に明文のない以上かかる紛争については常に右異議手続を経なければ訴訟を提起することができないものと解することもできない。

三、したがつて、本訴を不適法とする被告らの主張はすべてこれを採用しない。

第二、よつて、以下に本案について判断する。

一、本訴について、権利保護の必要または利益を欠くとする被告らの主張の理由のないことは、前段説示の理由から自ら明らかである。

二、原告が日蓮宗に包括される宗教法人妙昌寺の代表役員たる住職であること。日蓮宗内の内部規範たる宗憲及び選挙規程に原告主張のような規定のあること。前管長たる訴外増田日遠が任期満了に伴い昭和三四年一月二一日「管長選挙を同年三月三日に施行する」旨を発令したところ、京都第一部宗務所管内の寺院の住職である被告山田が同年二月四日管長候補者として選挙長に立候補の届出をし無競争で当選した結果同年三月一八日管長に就任したこと。被告山田に選任されて同月二〇日被告望月が宗務総長に就任したことは当事者間に争なく、群馬、福井中部、富山、山口の四管区を除くその他の六九管区の選挙人名簿に原告主張のような選挙規程違反のかしが存することは被告らの明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

三、当事者間に争のない宗憲及び選挙規程の各規定によれば、日蓮宗の管長選挙手続上、選挙人名簿は次のような意味ないし効力をもつものと解される。

1  管長はその任期が満了するときは後任者を選定するため選挙の施行を発令するが、この場合、管長は選挙規程第一六条「選挙は任期満了の二週間前までに行う」第一八条第二項「選挙の期間は四〇日としこの期間前に発令しなければならない」によれば足るものであつて選挙人名簿の有無ないしその有効か否やは選挙の発令とは無関係である。宗務所長が毎年四月一日現在で作成する選挙人名簿は五月二五日をもつて自動的に確定する。したがつて四月一日現在で作成された選挙人名簿がある以上確定選挙人名簿がないということは考える余地がない。確定選挙人名簿は後に述べるように各人の選挙権被選挙権を決定するための一つの基準になるにすぎない。すなわち、選挙権を有するものは住職及び教師たる担任であつて、(実体的要件)かつ、選挙人名簿に登録されたもの(形式的要件)でなければならない。また、被選挙権を有するものは権大僧正以上の住職であつて(実体的要件)、かつ、選挙人名簿に登録されたもの(形式的要件)でなければならない。選挙権ないし被選挙権を有するや否やは右の基準によつて各人毎に決定される。

したがつて、たとえ、選挙人名簿に登録されていても、実体的要件を欠くものは選挙権もしくは被選挙権を有しない。その意味で当該登録は無効であるが、その無効登録があるからとして、選挙人名簿中の他の登録の効力に影響を及ぼさないというべきである。また、実体的要件を充足しながら形式的要件を欠くものについては、登録の無効したがつて選挙人名簿の無効ということを考える余地がない。もつとも、このようにいうことは形式的要件の軽視を意味するものではない。いつたい、宗務所長は四月一日現在において実体的要件に該当するもののすべてを選挙人名簿に登録することが望ましい。選挙規程中、選挙人名簿の閲覧や異議申立に関する規定が設けられているのは、まさに、右の理想を実現するための手段であろう。しかし、同時に、選挙規程が右の規定中異議の申立についてはその期間を制限し、一律に五月二五日で選挙人名簿が確定するものと定め、わざわざ「名簿に登録されないものは選挙権及び被選挙権を有しない。名簿に登録されたもので、名簿に登録されることのできないものも同様である」(選挙規程第一四条)と規定しているのは、実体と形式との間にそごがありうることを予定しているものということができる。そして、また、このゆえに、選挙権、被選挙権の有無は前記のように実体形式の両要件にてらし各人毎に決定さるべきもの-いいかえれば、両者のそごは選挙人名簿の効力に影響をきたさない-と解することができるのである。「選挙人名簿確定の日に停止以上の懲戒に処せられたもので、また、分限を回復していないもの、又は四期以上宗費を滞納しているものは選挙権及び被選挙権を共に行使することができない。名簿確定後に停止以上の懲戒に処せられた者はまた前項と同じである。」(選挙規程第三条)。選挙権、被選挙権行使の制限は右につきる。したがつて、宗務所長が選挙規程第一一条に反し選挙人名簿中右の要件に当らないものの氏名の右側に朱線を施したからといつて、そのものが選挙権、被選挙権を行使することができなくなるわけではないし、また、逆に、右の要件に当るものについて宗務所長が選挙人名簿中そのものの氏名の右側に朱線を引かないからといつて、そのものが選挙権、被選挙権を行使しうるようになるわけではない。右のほか、選挙人名簿の閲覧、異議に関する規定違背も、選挙人名簿の効力、すなわち、ある選挙人名簿を選挙権、被選挙権の有無を決定する基準として用いることができるかどうか、に影響を及ぼすものではない。ことに、確定選挙人名簿を六月一五日までに宗務院及び選挙長に提出すべき旨の規定(選挙規程第一三条)は訓示規定と解される。選挙は対立候補者のいる場合は投票によるがこの場合投票は一人一票である(選挙規程第二一条第三一条)。これを要するに、選挙人名簿における実体と形式のそごや、手続規定の違背は選挙人名簿の無効をきたさない。もつとも、登録の無効や手続規定の違背は選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある場合に限りその選挙の無効原因になるものというべく、また、当選無効の原因となる場合が生ずるものと解する。

2  さて、以上のような見地により、原告が主張する確定選挙人名簿のかしを要約し判断すると、

(1) 、選挙規程所定の期日を徒過して宗務院及び選挙長に提出されたことは訓示規定違背にすぎない。

(2) 、実体的要件の欠けているものを記載した点は当該登録の無効をきたすにすぎない。

(3) 、実体的要件の存するものを記載していない場合は、選挙規程の予想しているところであり、確定的に選挙権、被選挙権を行使しえなくなるに止まり、選挙人名簿そのものの無効を論ずる余地はない。

(4) 、朱線の施してある部分のあやまりは、手続規定の違背にはなるが(選挙規程第一一条)、名簿そのものを無効にするものではない。

(5) 、選挙人名簿の閲覧、不遵守は選挙規程違背になるが(選挙規程第九条)、前同様、名簿そのものを無効にするものではない。

(6) 、誤記は、選挙規定に反するわけもなく、名簿の無効をきたすものでもない。

そうして、右登録の無効及び手続規定の違背は、もとより、本件管長選挙の発令を無効にならしめるものではないし、また、本件選挙人名簿の効力とは無関係であり、たゞ、それが選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある場合に限り本件管長選挙の無効原因になるにすぎない。しかるに、被告山田は本件管長選挙に無競争で当選したものであつて、その際投票が行われなかつたことは当事者間に争ないのであるから右のような登録の無効ないし手続規定違背の結果対立候補者になることができなかつた者が存在しているような場合は別として、しからざる限り、選挙の結果に異動を及ぼすおそれのないことは明らかである。本件において、前記登録の無効ないし手続規定違背のために管長候補の届出をすることができなかつた者が存在したことについては何らの主張立証がない。もつとも、昭和三四年二月六日訴外佐藤日照が管長候補の届出をしながら同月一〇日これを撤回したことは当事者間に争のないところである。しかし、原告は右撤回は被告山田が訴外口田前宗務総長をして、相当多額の金員を交付させて右佐藤の立候補を辞退させたものであると主張しているが、本件弁論の全趣旨により成立を認める乙第九号証によれば、前記立候補届出の撤回は、究極的に宗門の平和をのぞむ佐藤自身の発意にもとづきなされたことが認められ、他に、本件弁論の全趣旨により成立を認める甲第八三号証の一、二により、右佐藤日照の管長立候補後の供託金還付をめぐり、訴外佐久間智周、開山田一光あるいは宗務当局との間に多少のいさかいがあつたことを窺い得ないでもないが、右は登録の無効ないし手続違背とは全く無関係であり、他に前記認定を動かすに足る証拠はない。したがつて前記登録の無効及び手続規定違背はその余の点を判断するまでもなく本件管長選挙の無効原因にならないものというほかない。

3  進んで、被告山田の管長当選の効力について考察する。前記選挙規程ないしその解釈によれば、原告が攻撃する確定選挙人名簿のかしも、ひつきよう、手続規定訓示規定の違背及び登録の無効に帰するのであり、したがつて、京都第一部宗務所長作成にかかる昭和三三年度選挙人名簿の無効をきたすものではないから、右のかしは、被告山田の被選挙権の有無ないし、これを行使しうるか否やに全く影響を及ぼさないものといわなければならない。選挙規程第二条第二項によれば管長立候補者は届出と同時に五〇万円を宗務院に供託しなければならない。しかし、右規定の違反は管長当選の効力を左右しないものと解される。そればかりでなく本件において被告山田が本件管長選挙の立候補届出に当り、五〇万円を供託しなかつたとのことを証明すべき資料は全くない。その他、被告山田が被選挙権を有しなかつたことないしこれを行使し得ない事情の存したこと等同被告の当選を無効ならしめる原因のあることについては原告の主張も立証もなく、むしろ、成立に争のない乙第二〇号証及び本件弁論の全趣旨によれば被告山田は権大僧正以上の住職であつて京都第一部宗務所長が作成した昭和三三年度の選挙人名簿に登録されており、したがつて被選挙権を有していたこと及び同被告に被選挙権を行使し得ない事情のなかつたことが窺える。

以上説示のように、本件管長の選挙発令、本件選挙及び被告山田の当選を無効とする原告の主張はいずれもこれを採用することができないから、原告はその主張のように被告山田が管長の地位にないことの確認を求める余地はなく、したがつて、被告望月が宗務総長の地位にないことの確認を求めることもできないものというほかはない。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 上野宏 玉置久弥)

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